黄金の夜明け団とタロット

2009.05.15 Fri

 レヴィが唱えた「タロット=カバラの秘儀」説を素直に継承し、かつ発展させたのは英国のオカルティストたちであった。とりわけカバラ研究者ウィリアム・ウィン・ウェストコット(1848−1925)はレヴィの記述をフォローする形の出版物をいくつも出している。『ベンボー枢機卿のイシス・タブレット』はレヴィの『魔術の歴史』に立脚するものであるし、『神聖王国の魔術儀式』はレヴィの未発表原稿を土台にタロット解釈を打ち出すものであった。

 このウェストコットが中心となって1888年に組織されたのが魔術結社「黄金の夜明け」団である。この団体はタロットの配属を決定し、さらにはタロットを用いる霊視までを行うようになった。20世紀に発表された主要なタロットとしては「ライダー」と「トート」があげられるが、どちらも「黄金の夜明け」団の団員が作成したものである。現行のタロットはほとんど「黄金の夜明け」団のシステムにそって考案されているのである。

 タロットの歴史を通覧した場合、14世紀から18世紀半ばまではイタリアが中心であり、以降19世紀半ばまではフランスが中心となっている。そして「黄金の夜明け」団の登場以降、現在に至るまでタロットは英米を中心に動いているといってよい。

 そもそも魔術師たちはなぜにこれほどタロットに夢中になったのか。実のところ、レヴィの登場以前、魔術は意外なほどヴィジュアル的に充実していない分野であったのだ。1801年に発表されたバーレットの『術士』を見ればわかるように、魔術関係の図版はどれも素朴な木版や図形の類であり、美麗な色彩など望むべくもなかった。かれらにとってタロットははじめて手にする魔術用絵画であり、自分勝手に改変することすら許されたのである。
  1. 2009/05/15(金) 22:55:03|
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